ずっと、嬉しい嬉しい
仙台育英甲子園優勝の話題で持ちきりです。
街中いたるところにに「おめでとう」のメッセージ、
会う人会う人と話す中で、
あ、この方も育英の卒業生だったのね!なんて
発見もあったり。
試合を中継したNHK総合の
仙台地区の視聴率が速報値で37.3%だったそうです。
甲子園でホームランのなかったチームが
決勝戦で満塁のホームラン。
その満塁打を放った岩崎選手は
県大会ではメンバーになれなかったものの
甲子園で登録メンバーの座を掴んで、
代打からスタメンへ、というのもドラマチックでした。
そして、何度見ても、須江監督のことば、
心に響きます。
何度も、テレビの前で全国の高校生に拍手を
送りながら。
須江監督は、「敗者復活」が座右の銘であるとも
紹介されていました。
失敗したことがあるひと、どん底を
経験したことがあるひとが、教育者として
言葉を紡ぐと、こんなにも強く響くんですね。
目標を目に見える数字で選手に示しながら、
言葉で導いていく手腕。
言葉が響くといえば、
今回でNHK解説が最後という大矢さんの
言葉も、いつも選手に対する励ましのきもちが
伝わってきて好きでした。
「社会にでたら思い通りにならないことばかりだけれど
そんな時、高校野球で学んだこと、そして鍛えられた
強い心があれば、きっと乗り越えられると思います」と
締めくくった大矢さん。
"野球小僧の気持ちで解説をしていた"というフレーズにも感動しました。
指導者から高校生へのエールと、
高校生からもらったエールと。
エールの交換みたいな、本当にいい大会だったと思います。
ところで。
「白河の関」「白河越え」という言葉が
繰り返されているなか、
ローカルテレビ局は選手たちが乗った
帰りの東北新幹線を空撮して
「今、白河の関を超えました〜!」とレポートしていて
これには、驚きました!
この「白河の関」。
白河の関が持つ意味を体感的に知るのは
わたしぐらいの世代が最後かなと思います。
「白河以北一山百文」つまりそれぐらいしか価値がないと
蔑視された東北の歴史が隠れています。
小学生くらいの頃、甲子園を見ながら
このことを父から教わった時、
「ふぅ〜ん」としか思わなかった私も、
社会人になってはじめて地元を離れ、
世界が広がるのと同時に、
年配の方々の言葉から"白河の関"を思い出すことに
なるのです。
心の中で何大昔のこと言ってんの、と毒づきながら、
一方でキャラ付みたいなことで自分を覚えてもらおうと
必死だった時代にはそれを「おいしい」と思い、
行ったこともなかった東北の地を想像で話したり
誇張した方言で話したこともありました。
今思うと、とっても時代遅れなことをしていたし、
わたしがそういう発言をすることで
東北にルーツをもつひとで嫌な思いをしたひとも
いたかもしれないな、と反省しています。
ですが、令和を迎えた今も
ドラマにでてくるどこかわからない田舎は
多くが東北弁だったりします。
ナンセンス!手抜き!でしかありません。
ヘリで空撮までして
深紅の大優勝旗が白河の関を越えたところを
目にしました。
心に「白河の関」があるとしたら、
もう、軽々と越えていかなくては。
今の時代、どこにいても情報は取れるようになり、
どんな出会いを引き寄せていくかが大事になりました。
暮らし方も、価値観もどんどん変化しています。
仙台育英の選手たちが開いてくれた100年の扉。
ここが新たな始まりになる夏かもしれません。
アップデートしながら、共に生きる。
須江監督が選手たちに言っていた
「優しさは想像力」を社会が大切にしていけたら
いいなと思います。
素直に選手のみなさんの汗と活躍に感動しながらも
「白河の関」の連呼によって、
いろいろなことを考えもしました。
改めて、
おめでとう!仙台育英学園高校のみなさん!
熱くさせてくれて、感動をありがとう!