母校・宮城学院のコース会が
コロナ禍を経て4年越しに行われました。
卒業以来会うひともいて、
お世話になった先生方を囲んでのひととき。
礼拝ではじまって、最後はハレルヤ・コーラスで
胸いっぱいでした。
現校長先生がわたしたちの学年で
担任をしていたこともあり、
記憶の扉が開くスピーチをして
くださいました。テーブルスピーチで
担任の先生たちにも聞いていくと
そこからもう授業がはじまりそう!
毎朝の礼拝と讃美歌。
講堂のベンチ。
聖書のカバー。
上靴の柄。
キャラメルパン。
セーター。
ごましおコート。
厳しめの細眉。
ルーズソックスとソックタッチ。
本気の体育祭。
おっそろしいタイヤ引き競技。
ジョリがメモしてた佐四郎先生のギャグ。
尚美先生の指パッチンと明るい声。
真弓先生のこと・ものの"what"
岩渕先生のダンス。
近づく清野先生のハイヒールの音。
のむのむのおはよう靴下。
タカタク。M2O。
Water field clean.
今や娘さんが宮城学院に通っているという同級生もいれば、
音楽の仕事に就いているひとも多く、
海外から帰国して参加してくれたひとも。
席が隣になったクラスメートは
難しい課題図書の多かった現代文に鍛えられ、
いま、アニメの脚本を書いているのだそう。
同級生に似ているキャラクターが登場しているらしい!
10代に宮城学院という場所は
たくさん考える機会をくれました。
そのひとつに、
"赦す"ということとは、という学びがあった
ように思います。
それは、自分の小ささを認めることであったり
どうしようもないことを手放すことであったり、
他人の自由を尊重することであったり。
いまの世の中"自分のことは自分で"と
言われているようなシステムがあったり、
名無しの権兵衛が徹底的に他人を叩きまくるような
寛容さの欠如がとっても問題だと思います。
そんなとき、"赦す"ことをいっとき
考えられたら、と思うことがあります。
会わなかった時間には
震災もあった。大変な思いをしたひと、
大変な思いをしたふるさとを離れた場所から
みつめてくれていたひと。
自分の健康のこと、大事な家族のこと。
仕事のこと。暮らしのこと。
それぞれに乗り越えて再会できたひとたち。
この世の中でどんなに縁がつながっているひとたち
なのだろうと思いました。
また明日からそれぞれの場所で、
"ともに"生きていく勇気をもらいました。
【百合組・放送班の庄子です】
幹事さんが撮ってくれたいちまい。
薄々気づいていたけれど
司会台が高すぎて、
胸像スタイルになっていました。
背が欲しいーーー(どうしようもない)
二次会はのけぞるほど笑いました。